あるトラック運転手の男気
「航空自衛隊のパイロットになりたい」それが中学三年生の瑠美子さんの夢だった。
その夢を叶えるため輪島市にある日本航空高校石川の推薦入試を受験することになった。
瑠美子さんがパイロットになりたいと思ったきっかけは、中学一年生のときTVで航空自衛隊の戦闘機「ブルーインパルス」の勇姿を見ての憧れだった。この気持ちをまず母親に話したが、案の定両親とも反対した。住まいは埼玉県川越市。一人で石川県に下宿しなければならない。私立校で学費が高いということも理由のひとつにあった。
実技を学べる魅力と強い決意を訴えての何度かの母親との話し合いの結果、ついに母親からは了承を得ることができた。そして母親は「ローンの手続き、その返済も私が何とかするから」と、父親を説得してくれた。瑠美子さんも「推薦がダメなら、県内の公立高校にする」という約束をした。
1月17日午前9時10分開始の試験に向けて、瑠美子さんは母親とともに前日の夕方、川越の自宅を出発、大宮駅で上越新幹線に乗り換え長岡駅で下車。そこから夜行列車で車中泊をしながら、計6路線の電車・バスを乗り継いでの大移動の計画であった。
ところが予期せぬ事態が起こった。長岡駅で乗り換える予定だったJRの金沢へ向かう夜行列車が、折からの豪雪で運休になってしまった。瑠美子さんは途方にくれた。翌朝の始発特急では間に合わない。これで夢は終わった。無情な雪は降り続く。母と立ちすくむ凍てつく静かなホームで、涙が止まることはなかった。
泣き続ける瑠美子さんを見て、母親が「絶対にあきらめてはいけない!」とたしなめた。初めは日本航空高校受験に反対していた母親がヒッチハイクをして輪島に向かおうと言い出した。長岡駅からタクシーで北陸自動車道長岡インター入り口まで移動し、そこで1人目の親切なトラック運転手の好意で上越市内までとりあえず移動することができた。しかし、日本航空高校石川までまだ270Kmある。
上越市では深夜営業のガソリンスタンドを探し、母娘は吹雪の国道を歩き始めた。歩道は150Cmの積雪のため、車道にできた轍の上を歩いた。途中、車が近づくと、オレンジ色の傘を広げ上下に大きく振って必死に合図を送るが、次々と通り過ぎて行ってしまう。吹雪が強まると、瑠美子さんには数メートル先の母親の姿がかすんで見える。真夜中の凍てつく中を約2時間半歩き続け、やっと一軒のガソリンスタンドに辿り着いた。
母娘はガソリンスタンドに立ち寄った車両に同乗を頼み続けた。寒風の中、数台に断られながらも根気よく金沢方面に向かう車を待つ。時折立ち寄る運転手に声をかけること1時間。時間が気になる。時計の針は午前4時半を指している。そこへまた一台大型トラックが入ってきた。母親は運転手の男性に駆け寄り、必死に乗せて欲しいと頼み込む。「金沢までならいいよ」と応じてもらえた。
「ヨコヤマ」と名乗ったその運転手は、山形県から日本海岸経由で神戸まで行く途中で、がっちりした体型で無口そうな印象の人だった。母親が「お子さんはおられるんですか?」と尋ねると、Tシャツ姿のヨコヤマさんは「自分にも同じ中3の娘がいる」と答えた。瑠美子さんは座席後ろの簡易ベッドで1時間ほど眠った。吹雪の中、トラックはひたすら走り続けた。
瑠美子さんが目を覚ますと、東の空は白み金沢市が近づいていた。すると突然ヨコヤマさんは「よし、輪島まで行っちゃる。うちの娘も受験生だから気持ちはよく分かる」と、ハンドルを右に切り、能登有料道路を北上した。
先行する車を次々と追い抜いたトラックが試験会場に着いたのは午前9時。試験開始のわずか10分前であった。事前に携帯電話から状況説明を受けていた高校側は、間に合わなかったときの対応も考えていたという。ところが、吹雪の中を疾走してきた大型トラックが正面玄関に横付けされる。それを見て「欠席か遅刻」と推察していた試験担当教員も驚いて出迎えた。
トラックを降りる瑠美子さんに、ヨコヤマさんは「頑張れよ」と声をかけた。「ありがとうございました。本当に助かりました。」とお礼を述べ、連絡先を尋ねる母娘と学校関係者に、ヨコヤマさんは「大したことはしてないから」とだけ口にし、何も告げずにアクセルを踏んで去って行ってしまった。
作文試験に臨んだ瑠美子さんは出題テーマを見て目を丸くした。テーマは「私が感動したこと」であった。初めは大反対していた母が「絶対にあきらめてはいけない」と励まし、懸命に車を探してくれたこと。見ず知らずの母娘を遠回りしてまで会場まで送ってくれたヨコヤマさんのこと。瑠美子さんは直前までの「感動」と「感謝」をありのままに綴った。
4日後の21日、瑠美子さんに合格通知が届いた。
高校側は車に書かれていた社名をもとにヨコヤマさんを捜し出し、瑠美子さんの合格を報告した。
「よかった、よかった」と、喜んでいたという。そして「当たり前のことをしただけだから」と、大げさにされることは勘弁して欲しいと付け加えたという。
出典:http://www15.plala.or.jp/mpsob/green/20100305_truck-driver.html