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心の窓 「男と男の約束」

4

東京のある学校の卒業式の1週間前に、
一人の不良学生が校長に呼び出された。
常日頃悪行を重ねていた学生は、
叱られるのを覚悟して、
校長室のドアを叩いた。

「入れ」という威厳のある声と共に、
「鍵をかけなさい」といって
鍵を渡しながら校長は、
自らカーテンを閉めた。
学生は逃げられないようにして
殴られると観念した。

「腰をかけ給え」といいながら、
校長は、右に左にと歩きつつ、
「お前のいたずらは有名であり、
他の先生の手もやき…云々」
と切り出した。

学生は「きたなあ…」と
奥歯をかみしめて身構えた。
「然しよくよく考えてみるに、
君はお母さんを亡くし、
その後に来たお母さんにいじめられ、
本当に可哀想だと世間のうわさだが、
大変だったなあ…。
思えば、そのうっ憤ばらしに、
悪いと知りながら、
やった事であると私は思う。
そうだな」
学生はおもわず拳を握りしめ、
うなずきつつ、
胸の熱くなるのをおぼえた。

「然し、ここでよく考えてみなさい、
今さらお母さんの死を悔いても
仕方がない。
人間は、必ず死ぬ。
いずれの日か死ぬという人生を、
今日一日を価値高く生きよと、
母の死は教えているのだ。

君のお母さんは、
若くしてこの世を去ったが、
立派なお母さんだった。
君のお父さんが、“まま母”と、
君との間に立って、
どれほど、気を遣い、
心を痛めていられるかを
考えたことがあるかい。
人間だけが、神の立場や
相手の立場に立って考えることが
出来るのだ。

自分を捨てて、心から親孝行をすれば、
どんなひどい“まま母”でも、
必ず感動するときが来る。
今、君が、すぐやるべきことは親孝行だ。
これは人間だけにある行為なのだよ。

こんな話をするのも、
亡くなった君のお母さんが、
草葉の陰から手を合わせて、
私を通じて話をしているような
気がしてならない。

まして、君は数多い卒業生の中で、
将来大人物になる素質がある。
長年教育をやって来た私の立場から、
それはよく判る。
今が大切な分岐点だ。
だから、これからは、本来の君に返り、
心を明るくして朗らかにし、
清く正しくもつことを心がけ、
人の為、母の為になるように生きて欲しい。

とはいっても、人間は照れくさいもので、
すぐには出来ない。
昔から人間は転機が大切だ。

だから、
卒業式を君の人生の転機としたらどうだ」
諄々と道を説く校長の前に、
その学生はハラハラと涙を流しながら、
今までの悪行を詫び、
そしてこれほどまでに、
自分のことを見ていてくれた校長先生に対し、
心より感動し、
先生の為には命まで惜しくないと、
み教えに従うことを誓った。

それをみながら校長は
「そうか判ってくれたか、
 本当にありがとう。
やはり私の目に狂いはなかった。
さあ男は泣くんじゃない」
と、学生にハンカチを渡す校長がまた、
涙、涙であった。

そして最後に
「全校生の中に、
君だけが大人物になる素質があり、
君の将来こそ、私の唯一の楽しみだ。
然し校長としての立場上、
君だけ可愛がる訳にはいかないからこそ、
鍵をかけ、カーテンを閉めて、
他人に判らないようにして話をしたのだ。
いいかい、男と男の約束だ。
このことは絶対人に言うなよ」
と言って、かたい握手をして別れた。

学生は卒業後、
世間でも驚くほどの親孝行者となり、
勤勉努力し、
校長の予言通り会社の社長となった。
何年かの年を経て、
すでに白髪になった老校長を囲む会が、
盛大に催された。

その席上、かつては不良学生だった
社長が立って、卒業1週間前の感動を
そのままに、
「私はここで、男の約束を破る」
と前置きし、あの時の状況を語った。

「私の現在あるのは、
あの時の校長先生の一言です。
もし、あの感動がなかったら、
私はどうなっていた事でしょう」
と言って、涙ながらに挨拶しながら、
先生のところへ駆け寄っていった。

これを聞いていた人々は、
一瞬水を打ったような静けさになった。
そして、アッと驚きの顔を見合わせながら
「俺も言われた」「僕もだ」と
驚きが感動の渦となって広がっていった。

思えば、ある人は喫茶店で、
ある者は自宅に呼び出されながら、
所を変え、時を変えて、
その少年の心の中にある“命”の力を
引き出したのだ。

エジソン、ファーブル、手塚治虫、
野口英世等々が幼い頃、
普通の子どもとは、
どこか変わっていたという。

しかし、その母親たちは一様に、
「あなたは今のままでいいのよ」と、
肯定し認めていた。
人は、心の底から誰かに認められた時、
途方もない力を発揮することがある。


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