ある短編小説があります。そのあらすじを話しますね。
この話の主人公は、生きていくことがつらくて自分の部屋で睡眠薬を大量に飲んで自殺を図った20歳の女。
気が付くと目の前に大きな川があってそこに口の悪い男がいました。「今から向こう岸に連れていくので船に乗れ」といいます。ところがやってきたその女をみて、男は嫌な顔をするのです。「なんだおまえ、寿命前か。厄介なのが来たな」って。
亡くなった人は皆、この岸辺で「魂離れ」をするのです。寿命で亡くなると焦げ付かないフライパンで目玉焼きを作ったみたいに、魂がきれいにはがれて、川を渡って向こう岸に行けるけど、寿命前に自ら命を返した人は、鉄のフライパンで油もひかずに目玉焼きを作ったように、魂が鉄板にへばりついてなかなか離れないのです。
船頭役の男は、魂が体から離れるまで待たなければならないのです。
「じゃあ、待っている間に“未来ごみ”を捨てておくか」といって、大きな袋を女に見せ、中から卵のような形のものを取り出しました。
「何なの?」と聞くと「これはおまえがこれからつかむはずだった未来だ。しかし、自分の都合で命を返したやつにとってはそういう未来が全部ゴミになるからこれから処分するんだ」といって川に投げ込んでいきます。
男は少し意地悪に「これは何だと思う?」といって未来ごみの中身を教えるのです。
これは高校時代の同級生の女の子との友情だ。もし生きていたら2か月後に偶然街角で再会し、意気投合してそれ以来、生涯の親友となるはずだったが、お前が死んだのでその未来がなくなった」。そういって川に投げ込みました。
次の未来ごみは1年後に出会うはずだった恋人。その恋人は二股をかけていて、おまえは失恋するんだ。でもその失恋はお前の人生には必要だった。おまえはそれをバネにしてダイエットに成功し、化粧の勉強もして見違えるようにきれいになる」と男は言います。
そして「結婚して2児の母親になる」という未来ごみも処分されます。処分しないと、彼女と結婚するはずだった男性は別の女性と出会えないからです。
将来出版するはずだった絵本も未来ごみにありました。女は子供のころから絵本作家になるのがゆめでしたが、自分には才能がないとあきらめていたのです。
「そう思い続けてい来るのはお前の自由だ。しかし、努力は時として才能を超えるぜ」。そう言って男は残念そうにその未来ごみも川に投げ捨てました。
そうこうしているうちに「魂離れ」は進んで、男は女を船に乗せて岸を離れていきます。女の体と魂をつないでいたものが1本の糸ほどの細さになったとき、女は「もう一度生きたい!」と懇願します。
たまに生死の境をさまよって息を吹き返す人は、こんなことがあったのかもしれません。
これは、「蒼い岸辺にて」という朱川湊人(しゅかわみなと)さんの短編小説です。
(出典:みやざき中央新聞より)
新型コロナでどんなに苦しくても、がんばりましょうね。きっといい未来が待っています。