誤 審
出場か、辞退か・・・・・。
県大会決勝での誤審をめぐり出場権を手にした選手も、
校長も、悩みぬいた。
年末に開幕した全国サッカー選手権。
岡山県のA高校が1回戦で敗れた。
校長は思った。初戦敗退は残念だったが、正直ホッとした。
県大会優勝後が大変だった。
「フェアーじゃない」「辞退しろ」。
抗議のメールが学校のホームページに何通も届いた。
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岡山県大会決勝戦は延長にもつれ込んだ。
前半3分、B高校のシュートがゴール左ポストを直撃、
ボールはゴール内へ跳ね返り、右奥の支柱に当って転がり出てきた。
Vゴールだ。
B高校イレブンは飛び跳ねて喜んだ。
だが、主審は顔を横に振ると試合を続行。
全校大会への切符は。PK戦でA高校がもぎ取った。
閉会式の間、B高校の監督はビデオを手に大会役員に抗議したが、
聞き入られなかった。
その光景をA高校のストライカーは黙って見ていた。
小学生からサッカー一筋。
このトーナメントでも4試合5得点のうち3点を彼が挙げた。
問題のシュートは良く見えなかった。
しかし、帰宅後見たテレビ録画で、幻でなかったことを知る。
顔色の変わりように母親が驚いた。
翌朝、彼は仲間と一緒に校長から激励された。
「勝因は君たちの執念だ」。
「違う。勝因は誤審だ」と思った。
彼は主力10人を集めて問いかけた。
「B高校の連中の気持ちを考えても自分は出場できない」。
イレブンの意見は割れ、多数決になった。
「出場が6人」。
「辞退」は彼を含めて5人だった。
結論を、彼は監督に伝えた。
「気持ちは十分に分かった。
でも、出る出ないはお前達が決められることじゃない」。
監督はそう答えた。
ストライカーは練習に出なくなった。
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決勝の審判団4人は試合後、主催者の調べにミスを認めた。
試合の4日後、協会は問題のシュートは「入っていた」と結論づけた。
だか、A高校が優勝という試合結果は覆らなかった。
それでもストライカーの悩みは解けなかった。
B高校の選手に電話もした。
「自主退部する」と告げると、一人は
「お前みたいなやつがA高校にもっとおりゃあいいのに」と言った。
別の一人は、「気にせんでもええ」と励ました。
家族の意見も二つに分かれた。
校長は困り果てた。
教職員と話しあい、県高校体育連盟などにも相談した。
そして校長は腹を決めた。
「生徒は悪いことしとらん。ルールに従って選ばれた。
出ないと判断したら組織が崩れる」
期末試験が終わるのをまって、会議室に呼び出した。
「いきさつは聞いた。全国大会に出たくないと」
「試合は負けでした。負けたのに出るのはおかしいと思います」
制服姿のストライカーはきっぱりと言った。
「気持ちは気持ちは分かる。でもな、社会に出たら、
自分の主義主張だけでなく、人間関係も大事だぞ」
「よく考えてみます」
「世の中は助け合い。組織で動くもんだ。
チームは君の力を必要としている。わからんか」
「分かります。でも気持ちは変わりません」
2人だけで35分間。
校長は「出てくれんか」と言いそうになるのを何回も飲み込んだ。
骨のある子だと思った。
別れ際に握手をした。
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大みそか。ストライカーは自分の欠けた試合をテレビで見た。
母親に一度だけ「東京に応援に行かせてあげられんでごめんな」
と謝ったが、出場を辞退したことは今でも正しかったと思う。
校長は試合後、観客席で会う人ごとに「いい試合じゃった」と言った。
元日の新聞に「出場してよかった」という選手達の談話が載った。
校長も自分の決断は正しかったと思っている。
<出典:朝日新聞2003年1月5日35面> みなさんはどう感じられましたか? だれが正しくてだれが間違っているということは誰もいえません。 みんな悩んで、それぞれが何かを学んだのだと思います・・・。